2006年06月27日

過去二週間で考えたこと、気づいたこと(3−2)

2006年 6月 19日
国際問題徒然No.23

15日、福岡国際関係団体連絡会議という福岡国際交流協会が事務局を務める会合において「オランダ、ベトナム、アフガニスタン、福岡」という題で講演した。様々な活動をする団体の集まりだと聞いていたので、平和と友好の関係を外国との間で築き上げるには政府の施策だけではダメで、市民の活動と力が近年益々必要とされている、という趣旨で話をした。以下、その際の質問・コメントとそれに対する私の回答骨子と感想まとめてみた。

1.講演における質疑応答

Q1.私はペシャワール会の会員である。平和で友好な関係を築く外交政策は政府が作るということであるが、アフガニスタンで起こっていることは、市民が築いてきた平和を政府の外交政策が壊しているのではないか。米軍の誤爆やタリバン掃討戦によりアフガン人は被害を受け、米国に対する憎悪が広がっている。ペシャワール会は、日の丸を掲げて仕事をすることをやめた。米軍に協力する外国人に対する攻撃が激化しているからだ。アフガン人の中で教養のある人たちは、日本の給油艦の燃料補給を受けた航空母艦から飛び立った米爆撃機が罪もないアフガン人を攻撃しているのだ、と言っている。小泉政権が、給油艦を派遣し、米国に協力していることが、平和を壊しているのではないか。

A1.ペシャワール(アフガニスタンとの国境に近いパキスタンの街)とジャララバード(アフガニスタン東部の中心都市)だけから見れば、おっしゃる通りであろう。しかし、外交政策は、それ(ジャララバードとペシャワールの現実)だけで作られるものではない。もっと多くの要素を基に作り上げるものだ。また、別の地点に立てば、違う姿が見えてくる。私はカンダハール(タリバンの本拠地だったところ)での支援活動に従事した。カンダハール市内では、JICAが8.2キロの道路を舗装したが、同市はJICAが置いていった建機で残りの市内道路の舗装を行った。市民は、市が舗装した通りでさえ、JICA道路と呼び、日本に感謝している。私がいた二年前までカンダハール市及びその周辺の市民は、お話したとおり98、9%が日本人を支援すると言ってくれていた。勿論、この二年間の間に復興が進まないためにその割合は、下がったかもしれないが。問題は、復興が進まない中で米軍の行動の悪影響が地方のアフガン人をタリバン支持へと追いやっていることではないか。これを改善するためには、私がまたカンダハールに行ったらよいのかもしれない。しかし、今の自分にはそれはできない。

Q2.私には、シリア人とパキスタン人の友達がおり、彼らが故郷に帰った今でも付き合っているが、双方とも日本が米国を支持することで、日本に対する悪感情がそれぞれの国で芽生えていると言っている。イスラマバードでは、日本製品が市場からなくなったという。

A2.中東では、現実と違う日本のイメージが一人歩きしている。そのようなイメージを改める努力が必要である。

2.上記質疑応答についての感想。
(1)最初の質問については、支援現場の上空を毎日のように米軍機が飛び交い、実際に攻撃まで受けたペシャワール会会員の率直な気持ちだと思う。ペシャワール会の活動を知っているアフガン人は、決してペシャワール会の日本人を傷つけることはないであろう。しかし、知らない人々がいる町や地区に行けば、ただの日本人である狙われないとも限らない。その意味で日の丸を車に描かないなどの措置は安全対策としてそうする他ないものであろう。しかし、全てのアフガン人が日本人を敵視しているかのような捉え方はどうであろう。少なくとも二年前までは、ジャララバードでもそのようなことはなかった。カンダハールについても、この三月カブールを訪れた際会ったアフガン人の友人は、攻撃の標的になるような形で行動しなければ、カンダハールでも私は安全である旨述べていた。
 外交政策は、様々な要素で決められる。アフガニスタンへの軍事介入は、9.11米国同時多発テロ事件が引き金ではあったが、23年間のアフガニスタン諸派の争いに終止符を打ち、同国の和平と復興を進める道を開いた。もし、軍事介入がなく、タリバンがアル・カーイダを匿い、国際社会と対峙する状況が続いていたらどうであろうか。ペシャワール会の活動は、タリバンであろうと誰であろうと現地の人々と協力しながら進んだであろう。しかし、女性は学校に行くことはできなかったろうし、外を歩くことさえまれであったろう。医療は行き届かず、感染症は過去にも増して広がっていたであろう。勿論、300万人の難民が帰国することもなかった。タリバン時代は治安だけは良かったと言う。大抵のアラブの独裁国家は治安が良い。しかし、それで良いのか、ということが常に問われている。
 アフガニスタンは変わった。私は、カンダハールの例だけ出したが、北部や西部などパシュトゥーン人以外が多数を占める地域では、軍閥が公式に解体され(日本の暴力団的に生き残ったグループも多いが、それはもう非合法組織である)、明らかに状況は改善された。北部マザリシャリフからの支援事業の進展が伝えられている。従って、問題は、タリバンを抑えられず返って一般のアフガン人に被害を及ぼしている治安対策にある。一般の、それも地方のアフガン人の支持を得られる治安対策と支援が重要だ。

(2)第二のコメントには正面から答えなかった。無視しても良かったが、断片的な情報で状況を把握しようとする姿勢はおかしいと思い、あえて中東や中央・南アジアの人々の日本のイメージの問題点を指摘した。彼らは、自分達が欲する日本を求めて、意識、無意識に発言している。その気持ちを理解することは重要であるが、彼らの思い込みにそのまま付き合う必要はない。
 シリア人(アラブ人)の家に下宿していた20数年前、レバノンで16歳のパレスチナ人の少女がプジョーに500キロTNT爆弾を積んでイスラエル軍の基地に突入したTVニュースを下宿の家族と一緒に見たことがある。少女は、突入前にビデオに撮影され、生い立ち、これから自爆テロを行う大義について訴えていた。下宿の家族は、少女に同情し、少女の行為を称え、私に「少女の気持ちが分かるか。」と聞いてきた。私は、「少女には同情するが、なぜ16歳の少女がこの行為を行わなければならないのか。もし、イスラエル占領からの開放やそれへの抵抗のため必要な行為だとすれば、それを必要と思う年長者が行うべきだ。少女が自分で計画し、自分で爆弾を用意し、自分で車に積み込んだのではないだろう。」と答えた。家族は「お前にはアラブ人の心は分からない。」と言ったが、長男は議論が進むにつれ、私に同調してくれた。家族の父と弟は益々激したが、後から議論に入った母親が「宮原が正しい。私は自分の子供たちにあのような行為をやらせたくない。」と言ってくれて収まった。
 第二の質問者は、シリア人の友人に「イラクにイスラム過激派を送ってイラクを益々の混乱に陥れるのが、良いと考えるのか。」と聞いてみるべきだ。また、パキスタン人の友人には「日本車はもうイスラマバードでは走っていないのか。」と聞いてみるべきだ。私の知識では、中東、中央アジアの市場では、車以外の家電その他の日本製品はもともと東南アジアや中国・韓国製品に席巻されている。イスラマバードの市場からいっせいに日本製品がなくなったというのは、パキスタン人の友人の思い込みだ。
(国際問題徒然No.23・了)

(仮称)九州筑紫21世紀国際問題研究会
宮原信孝

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