2006年06月24日

過去二週間で考えたこと、気づいたこと(3−1)

2006年 6月 18日
国際問題徒然No.22

過去二週間で考えたこと、気づいたこと(3−1)

この二週間、国際問題について受け答えすることがいくつかありました。
大学の授業では、できるだけ質疑応答を行いたいのですが、学生はなれていないせいか、手を上げてくれません。そこで紙に書いて質問を提出するように述べたら、ボツボツ質問するようになりました。そのいくつかを私の回答とともに紹介します。

1.イラン問題
Q1.現在イランは核開発を進めており、同国の核開発に反対するアメリカやEUとの間で交渉がなされている。アメリカやEUは経済制裁も辞さないとする強い姿勢であり、日本はイランからの石油輸入依存度が高く難しい立場である。他にも様々な要因はあると思うが、総括して日本はどう対応して行けばよいか?

A1.日本の対応を考える前に、イランの核開発を巡る国際的に主要な立場、核開発及び石油確保についての日本の立場を整理する。
@ 国際社会の核問題は、核兵器の不拡散・軍縮及び核の平和利用を進めるという核拡散防止条約(NPT)を中心に動いており、NPT参加国の実施状況を監視するIAEAもNPTを基礎に活動している。勿論、NPTに参加せず、独自に核開発を進めるインド、パキスタン、イスラエルなどが存在するが、NPT加盟国にはNPTやIAEAの議定書を遵守する義務があり、核開発の重大性(一旦ある国が核兵器を持てば、勢力均衡に大きな変化を与え、かつ核兵器そのものが平和と安全への深刻な脅威になる)に鑑み、その違反に対しては強い姿勢がとられることになる。
A イランは、IAEA、つまり国際社会に隠して(IAEAに必要な申告せず)、核兵器に転用可能なウラン濃縮技術の開発及び施設建設を進めてきた。イランが、この計画を発表し、この計画に基づき核の平和利用の権利を主張したのは、この秘密の計画が英、仏、独の情報機関の情報により国際社会に明らかにされた後のことである。
B 日本は、唯一の被爆国の立場、憲法の平和主義の精神に則り、核兵器の不拡散・軍縮を進める立場。新たな核兵器国の出現には反対。自らIAEAの全ての義務を果たす(申告と査察)とともに、核不拡散・軍縮の働きかけを行ってきた。イランの核開発問題について、それが疑惑に過ぎない時点から同国に対して疑惑を晴らすよう働きかけを行うとともに、IAEA及び欧州諸国の対イラン交渉を支援してきた。
C 一方、日本はイランから過去20年に亘り、全需要の約10から15%の石油を輸入してきた。日本の石油輸入がその約90%を中東からの輸入に頼っている現実及び将来に亘って安定的に石油供給を確保する必要を考えれば、イランは重要なパートナーである。アザデガン油田の開発問題もある。
D そもそも、中東からの石油安定供給を考える上では、サウジアラビアを中心とするアラビア半島産油国、イラン、及びイラクから満遍なく輸入するのが望ましい。湾岸戦争後、15年に亘って、それが、アラビア半島とイランからに限定されてきた。今後は、イラクからの石油輸入も増加するであろう。

以上を踏まえて、日本のイラン核問題対応について検討してみる。
日本が求めるものは、国際の平和と安定、それに基づく、安定的な石油供給を含む安定的な経済秩序である。従って、イランによる核開発の停止(核の平和利用は別)要求は、イランからの石油供給確保の上位に来る。欧州諸国及び米国の交渉を積極的に支援することが必要である。アザデガン油田開発の交渉では、今でも日本は、イランから中国との天秤にかけられ、圧力をかけられているが、もし、イランが核開発を自由に行う立場に立ったならば、イランとの開発交渉・石油輸入確保などにおいて一層不利な立場に立つことになるであろう。
アザデガン油田開発は、問題が決着するまで棚上げすると同時に、イランへの投資等(企業)に対して制裁をかけると脅しをかけている米国に対し、中国に対しても制裁の脅しをかけるよう働きかけるべきである。イランが一番目に恐れているのは、体制の崩壊であるが、その次に恐れているのは崩壊に繋がる孤立である。今の姿勢が孤立に繋がることをイランに示していく施策を日本はとるべきである。
石油については、イラクからの輸入を進める、乃至輸入が進むような体制をつくること、サウジアラビア等アラビア半島諸国との関係強化の確認を行うこと、などを行うとともに、イランからの石油がなくても日本はやっていけることを示しつつ強い立場でイランとの石油輸入交渉に臨むべきである。

Q2.イラン革命の思想の内容と、その何処がいけないのか?

A2.イラン革命を起こした人々の最高指導者アヤトラ・ホメイニ師の思想の中核にあるものは、ヴェラヤティ・ファギーと呼ばれる「法学者の統治」論である。これに基づきイランは、現憲法を制定したが、その中で宗教上の最高指導者(初代ホメイニ師、第2代ハーメネイ師)が立法・行政・司法を超える監督権を持つとされる。また、イスラムの原点に返るべきことを主張する。イラン革命は、パフレビー朝が行った社会・産業政策の反動として成功した側面があり、イスラムの原点に返るということも、反欧米、反西洋文化という点も柱となった。
イラン革命の思想が悪いということは言えない。しかし、イスラム教という宗教が体制崩壊を起こしたという点が、サウジアラビアなどの近隣の王政イスラム諸国、イラクなどの世俗イスラム諸国に対して脅威となった。また、反西洋文化、反欧米という考え方が、学生による在テヘラン米国大使館占拠事件という事実と相俟って、欧米、特に米国に敵視されることになった。更に、世俗の大統領の上に宗教上の最高指導者がいて立法、行政、司法を監督するという体制が、大統領を中心とする行政府に対する各国政府の信頼を減じることになった。

2.イラク問題
Q3.アメリカ人は鯨を殺すことをよし、としないが、無実のイラク民間人を誤爆しても潔く謝罪しない。つまり、イラクの民間人<鯨<アメリカ人の図式であり、明らかに人種差別の疑いがあると思われる。これをどう考えるか?

A3.イラク民間人への誤爆が人種差別かどうかは、軍事作戦上の誤爆が、人種によって差別して行われているかどうかを検討・反動しない限り、答えを出すことはできない。
誤爆の際の米軍広報の説明(言い訳?)の多くは、そこに軍事目標(大抵は犯行グループの首謀者や幹部)がいるとの確かな情報があった、というものである。そこには、死傷した民間人の命よりも軍事目標を優先する論理がある。つまり、そのような犠牲は、軍事目標を攻撃する際起こりうると想定されている。軍事行動を起こす際、軍の論理であってもそのような犠牲は最小限にすべきとされているが、イラクのように反乱軍が地下に潜伏した場合、犠牲の割合はきわめて大きくなる。問題は、軍をあのような形で投入し、あのような形で戦後イラクを統治するのが良かったか、ということに行き着く。
因みに、米国人にとって自国民の命がイラク人の命より重いと考えているだろうと推測できるが、それは、日本人が地球(上のどの国民)より日本人の命の方が重いと考える(=福田赳夫元首相の言葉)のと同じことであると、考える。

Q4.アメリカはどうしてイラクにこだわり続けるのか?

A4.「イラクにこだわり続ける」ということは、どういう状態を指すのか?口頭の質問の場合、質問者は、どういう状態を指すか、明らかにすることを求められる。
米国は、数十カ国の連合軍を率いて、イラクの政権交代を図った。当初の名目が大量破壊兵器武装解除であろうと、イラクに新しい民主的政権を樹立し、その政権を中東の安定化の一助とすることが軍事介入の実質的な目的となった以上、連合国軍を率いた米国は、そのような民主的政権が自立し、安定化しない前に撤退することは、無責任との国際的そしりは免れない。もし、手にあまり、イラク安定化の前に米軍が撤退したとしたら、米国は、ベトナムでの敗戦と同じ政治的痛手を受ける。従って、米国は形の上だけであったとしても、イラク新政府が治安部隊を掌握し、反政府軍を抑える力を持つまでは、撤退できない。
湾岸戦争以来、米国は、「イラク問題にこだわり続けてきた」ということであれば、米国は、イラクによるクウェート占領が起こって以来、サダム・フセイン政権を危険視しており、湾岸戦争後も内部からの政権崩壊を期待しつつ、累次国連安保理決議と実力行使により封じ込めを行ってきた。現ブッシュ政権は、それまでの封じ込めの効果を疑問視し、イラクの政権交代を図ることを決意した、と推論することが出来る。その後の展開は、前段落で述べたとおりである。

3.パレスチナ問題
Q5.エルサレムの地位問題は、いったいどのようなことを考慮したら解決まで至るのか?

A5.エルサレムの地位、或いは帰属の問題を考える場合、次の諸点を考慮する必要がある。ただし、これらを考慮するだけでは解決に至る道を設定することはできない。そのためには、パレスチナとアラブ諸国、及びイスラエルの意見をまとめ得る強力なリーダーとそのようなリーダーを支える国内及び国際環境がなければならない。一つの鍵は、「共存」という概念を関係当事者が受け入れられるか。
第一に、エルサレム旧市街(東エルサレム)には、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教それぞれの聖地としての記念となる建物や土地があり(聖地)、またアラブによる征服以来、それぞれの宗教に属する信者達が暮らしてきたこと。
第二に、1947年国連分割決議では、エルサレム旧市街は、国際管理地区になる予定であったこと。
第三に、にもかかわらず、1967年のイスラエル占領以降、一方で、イスラエルは、東西エルサレムを不可分の首都と宣言し、実質的に首都機能を持たせており、他方で、アラブ各国(やアラブ連盟)に支持されるパレスチナは、エルサレムを新国家の首都と構想していること。
第四に、パレスチナだけでエルサレムの地位或いは帰属を決定することは出来ないし、将来の地位や帰属の方向性を指し示す約束も結ぶことはできないこと。
第五に、エルサレムにおけるイスラエルによる入植地建設や旧市街におけるユダヤ人右派のアラブ・パレスチナ人住居占拠などが起こっていること。

Q6.レバノン共和国の場合、内戦が長期化し、国民が疲れて内戦終結に至ったと授業で聞いたが、レバノン内戦以上に長期に亘って続いているパレスチナ戦争が終わる日は来るのか?民族間の和平は難しいと考えるが。(もし、イスラエルで戦争がなければ間違いなく観光地として栄えていたと思う。)

A6.内戦が長期化すれば、内戦を倦む心が関係諸民族の間に生まれることは間違いない。そのような時期は、和平の好機と考えるべきである。レバノンについては、そのような好機を生かした。
しかし、パレスチナをめぐるイスラエルとアラブ間の争いは、内戦ではなく、異なる文化民族体系間の争いであること、関係諸国・機関が多岐に亘っていること、エルサレムの地位・帰属、難民の問題など複雑多岐に亘る問題が山積みであり、それらの問題を解きほぐしていくのは容易ではない。
イスラエル・パレスチナは、周辺諸国とともに観光資源の宝庫であり、確かに紛争、治安不安がなければ、観光で栄えることができるであろう。

4.経済協力
Q7.日本は、他国へ支援することによって実際に何を得ているのか?

A7.個々のケースにより、具体的に得るものは違うが、どの支援にも共通するのは、日本に対する信用、信頼及び尊敬である。
パレスチナ支援では、パレスチナ人からの信頼などに加え、日本が欲する中東の安定に繋がるパレスチナの安定、中東和平問題における日本の政治的重みの増加、米国や欧州諸国との協力関係の構築などがあげられる。
アフガニスタン支援は、アフガニスタンをテロリストの温床にしないことを目的に行った。テロリストの温床にしないとは、アフガニスタンを破壊と荒廃のままにしておかないということ。そのための復旧、復興、開発支援。他方、治安が不安定な中での支援であるので、支援事業参加者の安全のため住民の支援を得るための支援事業も行った。
ベトナム支援は、ベトナムの市場経済化及びASEANへの編入がうまくいくことが、日本の政治的・経済的利益に繋がることを念頭に置いていた。1997年のアジア金融危機直後などベトナムが苦しいときに行った支援は、ベトナムの現在の発展の基礎となっている。
(国際問題徒然No.22・了)

(仮称)九州筑紫21世紀国際問題研究会
宮原信孝


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宮原信孝
九州筑紫21世紀国際問題研究会世話人

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