2007年06月06日
富の寿、富の傾き
5月初め、久留米の老舗の酒蔵、「富の寿」が民事再生法の適用を申請した。その「富の寿」を、同社社長の小・中学校の二人の同級生達が、再生させようと飛び回っている。社長は、大変人柄が良い。もう50年来の友人。江戸時代から続き、夜の文化を支え、久留米の一時代を担ってきた酒蔵を、今、久留米が易々と絶やしていいのか?!そのテレビ宣伝のうたい文句が、耳に残っているだろう。そう言って、「富の傾き」になった「富の寿」を、絶やさないため自ら奔走し、かつ身近な我々から始めて、久留米の市民に「富の傾き」支援の輪を広げようとしている。
50年来の友人だからといって、普通、この酒蔵と何の利害関係もない人間が、そこまでするのか。社長は良い人過ぎて、何をやっていいかわからない。だから、民事再生法適用に持ち込むための手続きを助け、そのあとは、本格的な再生のために一円の得にもならないのに自らの商売をほったらかして働いている。周りにいる我々は、驚き、感動し、何かできることがあれば、手を差し伸べたい、と思ってしまう。
この二人のうちの一人は、「後悔しても反省はしない」社長だと批判するが、それでも支援を続ける。このような友人たちをもった社長がうらやましい。
今、二人は、「富の傾き」を再び「富の寿」にするための市民支援グループを作ろうとしているが、私と同じ二人の周辺の友人の一人が懸念するのは、いざというときの久留米人の性格だ。何か新しいことをしようとすると、足を引っ張る人が出てくる、というのだ。普通だったら、利害関係のない単なる友人がこれだけ汗を欠いて老舗酒蔵再生のために頑張っているなら、拍手こそすれ、足を引っ張るということはないだろう。しかし、それが起こるのが久留米の久留米たるゆえんなのだそうだ。
久留米は、私が大学入学のため上京して以来、ずっと傾いているように見える。私は、久留米にずっといなかったので、その途中栄枯盛衰あったのかもしれないが、1978年と21世紀になってからだけを結んでみると、そう見える。「富の寿」が「富の傾き」になったのも、一連の「久留米傾き」の一環ではないか。「久留米傾き」はなかなか意識されないが、久留米が市民の力で「富の傾き」再生支援を行っていくことは、その「久留米傾き」をとどめ、新しい時代の新しい久留米を作っていく力になる可能性があるのではないか。そう考えながら、この二人と他の友人たちとの会話を聴いていた。
久留米の皆さん、「富の寿」再生支援に手を差し伸べましょう。
- by Miyahara
- at 04:54
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