2007年06月18日

モンゴル出張

 今朝、モンゴル出張から帰ってきた。現地時間の17日午前1時(日本時間午前2時)にウランバートルをたち、午前5時に韓国ソウルに到着。3時間空港で待って福岡行きの航空便に乗り午前9時5分に帰国した。飛行機に乗っている時間はたいしたことはないのに、とても遠くから帰ってきたような気がする。行きも、正午に福岡をたち、ソウルで約7時間待って、現地時間の夜11時に着いたことも、遠さを感じる要因なのかもしれない。
 しかし、私が感じた遠さは、行くのに大変だったという意味以外にも、理由があるようだ。モンゴルという国は、大相撲や「蒼き狼」などの小説などで、近しい感じがしていた。特に日本語を上手にしゃべる関取を見ると、顔も日本人に似ているし、親しみがわく。だが、行ってみてみると、モンゴル人が遊牧民だということを実感する。ウランバートル市内の中にも見られるゲルだけではない。その草原と乾燥した空気。歴史博物館で見たもの。大統領の話。

 モンゴル民族は、2000年以上前から、南の中華帝国とせめぎあって存在してきた。遊牧民と農耕民との争いだ。それは、具体的な歴史の事実に裏づけされたものである。エンクバヤル大統領は、自分たちは、東欧諸国に近いと言った。それは、ソ連に習って社会主義で国を運営していた時代に、その前時代である清朝支配下とうって変わって、モンゴルは発展したという歴史的裏打ちがあっての発言であろう。清朝には、征服されただけでなく、虐げられ、貧しい生活をさせられたという歴史的記憶があるが、社会主義時代は、ソ連からの恩恵を受けたという歴史的記憶がある。それが1990年以降の自由主義の時代になっても、近代化を行う上での精神的基礎になっているようだ。
 今、ゴビ砂漠南部地区の鉱物資源開発が話題になっているようであるが、その開発には、ロシアと中国を協力の中心に据えている。米、カナダ、日本についても協力を歓迎しているが、ロシアには、長年の付き合いから、中国には、資源販売のために必要で生き残りの為に、協力を求めているのが見えて、その歓迎は二次的なものに見える。
 きちんと説明できないが、私には、これは、遊牧民族が遊牧だけでは生きていけない時代の生き残りの態度に思える。
 大統領は、挨拶の最中、「軽蔑して言うのではないが」と断りつつ、「日本のようになかなか決定しないということはなく、迅速に決定し対応していく」と言った。
 自分がモンゴルに行く前に感じていたモンゴルとの近しさは、スーッと遠いものなって行った。

*今回のモンゴルへの出張は、同国で開催された第35回ウイリアムバーグ会議に参加するためのものだった。同会議の開会式は、エンクバヤル大統領の公邸で行われ、その際、同大統領は、英語で挨拶を行った。

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