2007年08月24日

「外務省を辞めた訳」

 「なぜ外務省を辞めたんですか?」とは、久留米に帰ってきて良く聞かれる質問だ。聞かれた相手には、相手と話す時間に合わせきちんと説明するようにしている。しかし、最近では、私に代わって説明してくれる人もいる。それが噂話であれば、取り立てて言うこともないが、たとえ匿名であろうと出版された書籍においてとなれば話が違う。
 鈴木宗男氏及び佐藤優氏共著の「反省」を読んだ。外務省時代最も親しかった同僚の一人から「外務省のある課長をやっていた人で、外務省を辞め、選挙にも出ずに、地方大学の助教授をやっている人って、宮原さんのことじゃないの?」と尋ねるメイルを受けて、初めて私のことが書かれていることを知った。早速、「反省」を買って読んでみた。212ページ冒頭の佐藤氏の発言の中で私が辞めた理由が引用されている。「佐藤さんが「国家の罠」に書いているとおりだ。あのとき自分は外務省という組織が見えちゃった。もう耐えられなくなって辞めたんだ」というのが、私が外務省を辞めた理由らしい。

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韓国人ボランティア拉致事件

7月16日に、アフガニスタン・ガズニ州で23人の韓国人ボランティアがタリバーンに拉致されて一ヶ月以上が経った。その間、二人の男性人質が殺害され、二人の女性人質が解放された。未だ19人の人質がタリバーンの手の中にあり、韓国政府とタリバーンとの交渉は行き詰まっている。
つい数日前、カブールのレストランで食事中のドイツ人女性NGO関係者が武装グループに拉致された。幸いなことに、一日後、犯人は捕まり、女性は解放された。
この夏、これら拉致事件のために、日本でもアフガニスタンについての報道が増えた。前者については、イラクにおける日本人にかかわる同種の事件との比較が語られ、米国の強硬姿勢、カルザイ政府の弱体ぶり、韓国国内の動きなどなど、アフガニスタンに関する過去5年分ぐらいの報道がなされたようにさえ感じた。

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2007年08月15日

筑後文化村

 忙しさのため、約1ヶ月もブログの更新を怠っていた。この一ヶ月、二度の中国出張とその報告書作り、二度の東京出張、日本国際問題研究所へのアフガニスタンに関する報告書書きとその提出、日本国際問題研究所主催福岡講演会への出席、大学の前期の成績評づけとそのためのレポート読み(7こま全て成績はレポートと出席・発表・発言振りだけでつけている)、二度の講演などなどで、ブログの更新に手が回らなかった(という言い訳をしている)。だから、別にこの一ヶ月、ブログに書くようなことがなかったわけではない。
 しかし、再開にあたって、昨日のことを書こう。筑後文化村までの旅を。
 一昨日、やっと締め切りぎりぎりに、成績評を大学教務課に提出して、昨日から夏休みに入った(?)。お盆でもあるし、いわゆる「仏さん参り」のため、午前中は親戚めぐりをした。午後は、19日の大学オープンキャンパスでの模擬講義の準備のため有田焼きの有田に向かおうとしたが、元教え子からの電話で途中から家に引返した。元教え子には、9月前半に行う、まちづくりに関する研究会の案内状の郵送をお願いしていたのだが、入れるべき資料が一枚足りないというのだ。有田に向かう前にFAXで送ったが、一枚送信できていなかった。それがなければ、14日中に郵送準備はできない。午後2時に家に戻って、足りない資料をFAX送信し、ついでに名簿に欠けている郵便番号を調べて送付したら午後3時である。結局有田行きはあきらめた。
 

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